Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan

陶芸家 稲葉周子さん

洗練されたパラダイム

稲葉周子(ちかこ)さんの美しい陶器は、無数の形の変化によって、強さと優しさを表現しています。稲葉さんの作品は素晴らしい芸術であり、且つ様々な用途にも使えます。稲葉さんの作品には、自然が持つ生命力と儚さという本質的な要素が含まれています。力強い白のラインは、柔らかな暗い影を際立たせ、視覚効果を高めるだけでなく、自然の繊細な力強さを人々に印象付けます。このような魅力的で力強い器を作るには、アーティストの感性、勤勉さ、そして想像力が必要だと感じます。

さらに、周子さんによると、陶器は実用的なだけでなく、さまざまなアイデアや文化を秘めているといいます。この考えに基づき、周子さんは陶器の中に目に見えない別の次元を加え、洗練された独自のパラダイムを作り出しています。この要素は、彼女の作品の頂点であり無限の知恵の可能性を感じさせます。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Self Portrait: Courtesy: Chica Inaba

今回のインタビューを通して、周子さんがどのような哲学を持ち、どのような技術を駆使して、世界にひとつだけの陶器を生み出しているのかを知ることができました。当インタビューで、周子さんが制作した「枯れ葉」の器とその意味について語ってくださっています。彼女の深い視点は、自然に対する洞察力に満ちています。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:貴女の作品はとても優雅でデリケートですね。日本で優れた陶芸家になるまでのお話を聞かせて ください。

周子さん:子供の頃から外遊びが好きでしたが、同時に自宅でひとり何かを作ったり絵を描いたりすることも好きでした。14歳くらいの時に自分の手で何かをつくる仕事で一生食べてゆきたいとぼんやり 考えるようになり、高校で「工芸」授業の中での陶芸が初めて陶土に触れた経験でした。この「工 芸」の授業では木工や漆・皮革や絵画などいろいろな素材を扱う機会がありましたが、陶芸に一 番興味を惹かれもっとやってみたいと思うようになりました。

進学した武蔵野美術大学短期大学 部で陶磁コースを専攻し主に陶磁器クラフトデザインを学ぶと、[ 使ううつわ ]  をつくることに夢 中になり、卒業後は3年ほど国内や欧米を遊学の後に多治見市陶磁器意匠研究所へ入りました。 ここではうつわつくりは元より土のことやものつくりの哲学なども修得し、陶芸への熱い想いの ある同志に出会い刺激と影響を受けたのです。 

その後10数年使ううつわつくりを主に取組むうちに、うつわとは単に食べ物を容れたり花を生け たりするだけでなく、人と人を繋いだり想いを受け留めたりすることができるものだと考え制作 を続けていたところ、ある蓮の葉に出会いました。 

台湾で3ヶ月の滞在制作中、蓮池に沿って工房へ歩く毎日の道程では花が咲き葉は瑞々しく風に揺 れる姿が美しかったのでこれをモチーフに器に落とし込もうと観察していましたが、時間の流れと 共に花は散り葉は枯れて茶色く変色し葉脈が立ち巻いてゆきました。この枯れ巻いている葉の姿 はまるで優しく包んでくれるおばあちゃんの手のように見え、この寛容/受容こそがうつわなの だ!と確信し、またその造形そのものにも感銘を受け、末枯れ葉をモチーフにした作品つくりが始 まります。 

[ 物理的なものを容れるだけでなく観念を受け留めるうつわ ] をつくることは、使うことを第一に 考えたデザインからより自由なカタチになり、対象の枯葉から得たインスピレーションをさらに 思索することで作品が少しずつ変化してゆきました。それが近年の彫刻的器物で、今も変化は続 いていると思います。もちろん葉をモチーフにした [ 使ううつわ ] も同時に作り続けています。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:白を好まれるようですが、その理由は何ですか?何か理由があるのでしょうか?

周子さん:私の作品の場合、凌線の拡がりと集積から成る流れを際立たせ、それらからできる形を純粋に表 わす為に、そして力強いしなやかさを稜線がつくり出す陰影から感じられるのがこの白だと考え ています。使っている釉薬は柔らかい印象で、反射する白というよりはふわりと受け止めるよう に感じて気に入っています。

更に、自身がつくり出すもの以外でも白のみで表現している作品に惹かれます。それは陶磁器に 限らず他の素材や絵画などでも質感や陰影など表情の変化で奥行きを出したり広がりを感じたり する作品に出会うと、作り手の言葉を受信できた様で興味を持ちます。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:どのような材料を使って、どのような技法で、このような美しい螺旋形を作っていらっしゃる のでしょう?

周子さん:とくべつ変わった素材や技法を用いているわけではありません。最初にスケッチをして頭の中にあ る形を整理し、それを元にマケットを作ります。それから美濃の陶土を使い紐づくりで下から積 み上げてゆく方法です。

マケットを参考にしながら形を作り(この時表面はつるっとしています)、 その後線の流れを当ててから削り出し稜線の表情を付けます。線の間隔や深さなどにより印象が 変わるので、成形と同様に削り出す工程もとても慎重に行います。乾燥・素焼きの後、白濁釉を 掛け本焼成(酸化)をして完成です。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:作品を作る上で影響を受けた作家はいらっしゃいますか? 

周子さん:エゴン・シーレの退廃的で心淋しい色彩や表情から強く問いかけられているような表現に惹かれ ます。 伊藤慶二さんの静かで力強く厳しい相貌の中に垣間見えるユーモアのある造形や、柔らかさと鋭 さが同居している多彩な表現は憧れです。 
それから身体表現のパフォーマンスには心動かされ創造力をかき立てられることがあります。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:自然があなたのインスピレーションの源になっているようですが、インスピレーションを得る ためのお気に入りの場所などがあれば教えてください。

周子さん:自然がつくり出す造形に感動しヒントを得ることは頻繁にありますが特定の場所はありませんの で、モチーフとなっている「枯葉」がインスピレーションを与えてくれるのでその枯葉から感じら れることをお話しします。

草木に生えている時の葉は皆同じように見えても、枯れて葉脈が立ち巻いた姿は一枚として同じか たちは無くそれぞれの個性が際立ち、生命の力強さや儚さを感じる佇まいは美しく魅力的に映り ます。
そして枯れ巻いた姿はうつわ状で「いれもの」に成ろうとしている印象を受け、水を容れて大地に 横たわることは次の生命を育むための覚悟や宿命に抗う苦悩を秘めているようで意思さえも感じ られて惹きつけられるのです。

彫刻的作品のタイトル [ 葉器 ]* は二重の意味になっていて、葉がモチーフということだけでなく、 水や植物など物理的なものを容れることのできるうつわという意味と同時に、他者の想い/考えや 異文化などの観念的な事柄を受け留めるという意義でのいれものである「容器」を末枯れ葉の力 強いしなやかさを象り表現したいと考えて制作しています。
※タイトルの [ 葉器 ] は [ようき] と読みます。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q:陶芸家を目指す人が、作品を作るときに考慮すべき要素は何だと思われますか?

周子さん:考慮すべき要素は一人ひとり違い一概に言えないと思うので、自身が常に念頭においていること ですが…
興味を持った対象を観察し理解や想いを深めて、それを表現する方法や技術を粘り強く探究し、 挑戦することを忘れないように制作に精進することです。
そして素材に関して。大地から掘り出した粘土を焼き固めて土に還らないものにしている、という ことがどういうことか考え続けなければならないと思っています。

Q:陶芸をする上での思い出やエピソードがあれば教えてください。

周子さん:初めて陶芸をした時のことは忘れられません。粘土に触れた時の心地よい触感と自分の手から形 が出来上がっててゆく創造する喜び、そして焼成されたうつわ(決して出来が良かった訳ではない と記憶してますが…)を家で使った時には役に立てたような、それまでとは違う認証された嬉し さを感じました。

そしてデイサービス(70~90代の方々)の余暇にある陶芸の時間のお手伝いを3年ほどしていた 時のことはたくさんの印象深いエピソードがあり、ページが足りないほどです!ここでひとつひ とつは挙げられませんが彼等から受けた衝撃と言っても過言ではない、つくる喜びや経験から立 ち現れてくる造形と既成概念に囚われない表現など、様々なことを吸収しそれは今でも思い出し、自身の制作を省みます。

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

Q: 陶磁器の製品ラインアップと、またそれらはどこで購入できますか?

周子さん:彫刻的器物、使ううつわ(食器類)、この両者の間 と3種に分けられるでしょうか。

彫刻的作品:
JOAN B MIRVISS LTD / New York, USA https://www.mirviss.com,
現代美術 艸居 / 京都、日本 http://gallery-sokyo.jp

食器類:
ギャラリーにしかわ / 京都、日本 gallerynishikawajp.shopinfo.jp
Second Spice / 京都、日本 secondspice.com/secondspice_about.html

この二つの間:
桃青京都ギャラリー / 京都、日本 http://www.gallerytosei.com/kyoto/, 
Terra
Delft Gallery / Delft, Netherlands https://www.terra-delft.nl/en, 
LOES&REINIER INTERNATIONAL CERAMICS/Fenter https://loes-reinier.com 

これらは常設されているギャラリーです。他に今後開催される個展やグループ展等の企画でもご購 入可能な機会はあります。都度インスタグラムやFB に投稿するのでチェックしていただけたらと 思います。

インスタグラム: inabachica, FB: Chica Inaba 

Chica Inaba, Ceramic Artist, Japan
Courtesy: Chica Inaba

周子さんは、私たちの質問に丁寧に答えてくださいました。彼女の言葉は、彼女の陶器のように力強いものです。彼女の知恵の一端を垣間見ることができたのではないでしょうか。